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【ガイドの人は読まないでください】私が自然ガイドを目指すのを辞めたワケ

【ガイドの人は読まないでください】私が自然ガイドを目指すのを辞めたワケ

【ガイドの人は読まないでください】私が自然ガイドを目指すのを辞めたワケ

世の中には、アウトドアや自然に関わる仕事がいくつもあります。

その中でも自然の魅力を伝えるガイドは、花形といえる仕事だと思っています。

人を自然の中に誘い、自分の会話と知識で動植物や自然の素晴らしさを伝える仕事は、とても魅力的です。

私は市役所を辞めてアウトドア専門学校に入学したとき、漠然と「ガイドになろうかな」と考えていました。

でも、途中から気持ちが変わり、ガイドを目指すのを辞めました。

私自身、自然ガイドステージⅡの資格も所持していますが、「なんか違う」という感覚がぬぐえなかったからです。

そこで今回は、私が自然ガイドを目指すのを辞めた理由についてご紹介します。

ネイチャーガイドなどに興味のある方は、何かの参考にしていただければ嬉しいです。

私が自然ガイドを目指すのを辞めたワケ

私はアウトドア専門学校に入学する前まで、「ガイドになろうかな」と思っていました。

しかし、実際に学校でガイド練習をしたり、ガイド業を経験したりしたことで、「この仕事は自分には違うかも」と感じるようになりました。

この「なんか違うかも」という感覚を言葉にするのは今でも難しいのですが、できるだけわかりやすく説明して見たいと思います。

求めている心の満足感が得られなかった

私がガイドを目指すのを辞めた理由は、「なんか違う」と感じたからです。

思ったような心の満足感が得られなかった、ともいえますね。

私は一年生のインターンシップで、知床にあるガイド事務所に約1ヶ月間お世話になりました。

そこでの私の主な業務は、メインガイドのサポートや道具の準備です。

でも、インターンシップが終了する頃に一度、知床五湖で観光客20名を対象に単独ガイドもさせてもらいました。

時間は30分間ほどでしたが、自分が持っている知識をフル活用して、何とか場をもたせようと汗をかいた記憶があります。

そのときは大切な業務を任せてもらえたことがとても嬉しかったですし、終わった後には満足感もありました。

でもその後、専門学校でガイド練習を続けていくうちに、どこかもどかしいような、かゆいところに手が届いていない感じがするようになりました。

自分が求めているとは少し違うというか、今一つしっくりこないと思ったわけです。

「自然の魅力を伝えたい」とはあまり思わない

人によってガイドを目指す理由はさまざまだと思いますが、私はガイドを目指す人の多くには根幹に「自然の魅力を伝えたい」という気持ちがあるのではないかと思います。

ただ、私にはその気持ちがあまりありませんでした。

教育的な意味合いでは、植物や木々、生態系、森の成り立ちなどを説明するのもいいと思うのですが、エンタメ的な目的の場合だと、知識を押し付けているような気分になってしまうからです。

おそらく先生と生徒みたいな、「教える」「教えられる」の立場が明確に区別されるようなスタイルが苦手なのだと思います。

もし参加者が知りたいのであれば教えようとは思いますが、積極的に自然の魅力を伝えたいとは思えませんでした。

どこか業務が一方通行に感じた

これはガイドの特性上仕方のないことではありますが、どこか業務が一方的になるような感じがしました。

自然ガイドの主な業務は、安全管理と自然解説です。

そのためコースを歩く中では適宜、参加者に自然に関する説明をします。

そうなると当たり前ですが、基本的に話すのはガイドだけなので、参加者はどうしても受け身になってしまい、ガイドの説明や知識を待つばかりとなります。

私には、それがはがゆいと感じました。

もちろん参加者からの質問で「これって何ですか?」と聞かれることもあります。

でも、全体を通してガイド業は、どうにも一方通行のやり取りになってしまう気がしてなりませんでした。

それが私に合わなかったということです。

“ガイドレシオ”の存在

自然ガイド・登山ガイドは、公益社団法人日本山岳ガイド協会が定めた規則「ガイドレシオ」を守って働かなくてはなりません。

ガイドレシオとは、ガイド1名に対して顧客の人数比率を定めたルールのことです。

ガイドレシオには安全管理・自然環境保全・第三者への配慮の3原則が記載されており、ガイドはこれらのルールに乗っ取って仕事をする必要があります。

これに関しては、私もおおむね納得しています。

アウトドア活動はリスクとの戦いでもあるので、活動は指導者の数に対して、必ず無理のない参加者数で実施しなくてはなりません。

ただ、納得できなかったのは、参加費用に上限が設けられていた点です。

参加者一人につき半日なら〇〇円、1日なら〇〇円といった具合ですね。

つまりは、ガイドレシオで定められた金額以上の参加費を取ってはいけないのです。

これって、おかしくないですか?

ケガや事故防止の観点から人数制限があるのはわかりますが、参加費の金額まで決められるのは何か違います。

これがスマホ代や電気代みたいに、国民生活に大きな影響を与える項目であれば理解できますが、ガイド業は全く別物です。

私は独立してビジネスをやっていきたかったので、ガイドレシオの金額上限を聞いたとき、「これはだめかも」と思いました。

金額上限をなくしてもっと自由にさせた方が、ガイドで食べていける人も増えるだろうし、ガイドを目指しやすくなるのかなと思います。

自分のつくるモノで感動を与えたかった

私が専門学校時代にハマったのは、野外活動ゲームの企画・指導でした。

ハマった理由についてガイドとの違いを考えてみるのですが、それは自由度の違いなのかもしれません。

自分が考えたプログラムの中ならある意味何をやってもいいというか、ゲーム指導をしているときは解き放たれた感覚がありました。

そういう点ではブログも近いものがあるので、3年以上も継続できているのかもしれません。

ガイドは自分で何かを作って人を楽しませるというよりは、「歩くこと」「安全管理」に注力する仕事なので、私には少し窮屈に感じました。

ガイドは人を喜ばせ、楽しませることができる仕事

私はガイドを目指すことを辞めた身なので、あまり偉そうなことは言えませんが、ガイドは人を喜ばせ、楽しませることができる仕事だと思います。

私にはどうもしっくりきませんでしたが、「自然の魅力を伝えたい」と思う人であれば、きっとハマるのではないでしょうか?

アウトドア専門学校時代の同級生の中には、ガイドを目指している人もいたし、実際にガイド業に就いている人もいます。

森や川、山、動植物の生態系、人と自然との共存など説明するテーマ選びはもちろん、切り口や伝え方一つで人を感動をさせられるわけですからね。

それに、安心してアウトドアを楽しむためにツアーを希望する人も多くいます。

「アウトドアがしたいけれど、どうやっていいかわからない」
「一人だけの登山は不安……」
「ガイドさんと話したい」

そんな人たちにとってガイドは、とても頼りになる存在なのだと思います。

まとめ

ガイドになるには、膨大な知識量と技術、経験が必要です。

自然ガイドか登山ガイドかなど仕事内容にもよりますが、安全管理技術も含めると、ガイドに求められるスキルは多岐に渡ります。

ビジネス的には接客業なので、人を楽しませるための話術やコミュニケーション能力も求められます。

私は自分の求めるものとギャップからガイドを目指すのを辞めましたが、それはガイドの訓練をしたり、実際に現場に立ったから出せた結論です。

おかげで「ガイドっていいな」という理想から、もっと現実的なガイドの姿がおぼろげながら見えるようになりました。

ガイドが稼げる仕事かどうかは「どんなガイドをするか」にもよりますが、少なくとも

「自然の魅力を伝えたい」

「人を楽しませたい」

「アウトドア好きを増やしたい」

と思う人にとっては、これ以上ない仕事なのではないかと思います。